せつない恋物語が紡ぎだす美しい言葉たち【お六甚句】
歌詞の中に登場する桂姫は、兼続の主君であり、幼い頃から兄弟のように過ごした上杉景勝 (上杉謙信の養子) の2人の妹のうちの1人である。
この唄は、そんなお六と桂姫の決して結ばれることのないせつない恋を情緒豊かに唄ったものだ。
謙信公まつりの一コマ。鉄砲隊による実演。坂戸山に鉄砲の音が響き渡る。
『お六甚句』
①送りましょうか 送られましょうか
寺が鼻まで 時雨にぬれて
昔やお六と 昔やお六と桂姫
②月が出たぞえ 木影に入ろか
ままよ渡ろか 坂戸の橋を
お六甚句で お六甚句で水鏡
③吹雪く窓なりゃ 届かぬ想い
心細かな 縮のあやを
織って着せたや 織って着せたや主が肩
④百姓大名じゃ 兼続様は
尻をからげて 田草もとりゃる
峰にゃ松風 峰にゃ松風玉日和
⑤おらが娘の きりょうを見やれ
燃えて溶かした 高嶺の雪を
袖にすくって 袖にすくって玉の肌
⑥お六恋しや 姫様桂
あえぬこの身が 川瀬をこがす
蛍呼ぶなら 蛍呼ぶなら寺が鼻
寺が鼻とは、桂姫が暮らしていたとされる家がある場所。(現在の南魚沼市大月) 会える距離にいながらもなかなか会えず、人目を忍んでデートしている。(のかな?)
しかし、武家の掟に逆らう事は許されず、二人は離ればなれになってしまう。そして、身体が弱かった桂姫は、お六への気持ちを引きずったまま、若くして病にかかり短かすぎる生涯を終えたのだった。
当時の様子を想像しながら聴くと、しっとりとした情景が浮かび上がってくる。なにより言葉がとても美しい。とにかく、ワタシの妄想力が掻き立てられる歌詞なのだ。
肝心の踊りはというと、ゆったりとした伸びやかな踊りで、まさに唄のイメージを身体で表現しているといった感じ。踊りやすいし、覚えやすい。地元の学校では運動会でも踊ったりしているので、みんな踊れて当たり前なのだ。ワタシも他の盆踊りに出会うまでは、盆踊り=お六甚句だった。
六日町のお祭り (謙信公まつり) では『お六流し』といって、お六甚句に合わせて町中を踊り歩く。チームごとに色々な仮装をして踊るのがお決まりになっている。
去年、丁度お祭りの時に帰省したので、人々で賑わう町に繰り出した。
お六流しが始まると、ワタシは居ても立ってもいられず、(もう病気に近い) 流れに身を任せた。見慣れた商店街の風景も、道路の真ん中で踊っていると全く違うものに見える。お六と桂姫はこの自然豊かな場所で何を想い、何を感じ過ごしていたのだろうか。ワタシは、二人の恋の行方を覗いているような気分になっていた。
久しぶりに踊ったのだが、やはり幼い頃から踊っていたためか、身体が自然と動いていた。故郷が生んだお六甚句は、もはやワタシのDNAに組み込まれていたのだった。
以前手作りした直江兼続モデルの兜もどき(我ながらクオリティ高い・・・)
毎年 7月17・18・19日 (お六流しは2日目の夕方〜)
※日程は変更する場合あり